pocket money diary

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20代既婚。25,000/月のお小遣いで有意義な生活をする事を決意した者の備忘録と日記。統計検定取得目標。節約と日記とビジネス、釣りの話が中心です。

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人をどこまで信用できるか 自己分析と愚痴

人をどこまで信用出来るのだろうか...こんな感じの事を思いながら、我ながら生き辛い性格してるなと思っているサビモです。皆さんはそんな事を思う時はあるでしょうか。

信用する対象も友達、家族、同僚など複数の対象があるかと思います。「信用出来るか人か」この様な疑問を抱くという事は、その人に対してGIVE、何かを提供、もしくは犠牲にしていると自分の中で何か思っているからだと個人的には思っています。

そもそも、「信用出来るかどうか」という疑問すら持たない人もいます。僕の場合、血の繋がった家族。一部の友達がこれに該当します。不思議と血の繋がった家族だと、無償でというより、してあげてるとか、犠牲にしているとか思わないものです。

友達にも一部ですが、そう思える人がいます。困っていたら助けてあげたいし、きっと困ってたら助けてくれると思います。GIVE&TAKEを約束している訳では無いですが、そう思えます。

仕事上では「信用できるか」という疑問は当然だと思います。全て一人で出来る事の方が少ない世の中です。誰かに何かを任せなければなりません、社内外でこの様な事は頻繁にあると思います。この様な時に過去の実績や関係性、評価を元に任せるのです。任せる相手を選定する際に「信用出来るか」という疑問が生まれるのです。また、給与や契約等でお金(GIVE)も動きます。なので僕個人としては仕事上での「信用できるか」という疑問は当然だと思います。

ここで話はプライベートに戻ります。プライベートで「信用出来るか」と思う事は頻繁には無いと思います。仕事では無いので強制的に付き合う必要が無いからです。友達や親族でも「信用出来るか」なんて疑問に思う人とは自然と疎遠になると思います。

しかし、僕個人の問題ですがプライベートで「信用出来るか」と疑問に思うことが多々発生しております。自然と疎遠になると先程申しましたが、そうもいかないケースも世の中にはあります。僕の場合は奥さんでしょうか。

やはり個人的には奥さんにGIVEや何かを犠牲にしていると思っています。お給料も渡していますし、奨学金もお小遣いで返すので趣味を犠牲にしています。また、奥さんの地元に住んでおり、僕の地元と遠く離れており、田舎なので東京等と違い出てきている人もいないので、友達付き合いも犠牲にしております。もちろん結婚しているので、今の話題になる様な事は犯しておりません。これが僕のGIVEであり、犠牲にしている事なのでしょう。

ぼくがGIVEしていると認識しているので、やはりTAKEを期待してしまいます。そのTAKEが無いと、やはり「信用出来るのか」と思ってしまうのです。まあ、ここまで長文でダラダラと記載してきましたが、環境に不満はあれど軽く対応を考えて昇華し、簡単な記事にするくらいで我慢が出来ていたからです。環境に我慢ができても相手の行動や態度には我慢が出来なくなる、様々な気持ちが積み重なっていくのです。嘘をつかれて他の男と二人で出かけられたり、飲んで終電を逃したのに仕事で遅くなったなんて言われても僕も流石に気づくわけです。怪しいことはありましたが、泳がしていたというより気づかない振りをしていた。相手も油断していたのでしょう、段々と嘘も分かりやすくなって、追求するだけの材料も出てきます。何もないと言われても信用できないのです。

さあ僕はこれからどうしようか。やられたらやり返す、倍返しだと思っています。良くはないでしょうが、昔から父にそう教わってきましたし、負けず嫌いで競争力もついたメリットはあります。やられた通り、GIVEを減らすしかありません。でなければバランスが取れません。僕のマイナスです。そんなことも誰も親しい人が近くにいないので、ブログで吐き出してしまっているのです。

お目汚し失礼いたしました。最後に皆様に一つでもプラスになるような事をお伝えします。こんな気持ちの時はKing Gun聞くと気持ちよくなります。白日なんかおすすめです。なんか頑張ろうと思えますし、なんか共感できます。たまにはこんなブログもあるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。